| 映画覚書 映画一覧 蔦の実文学会 |
| 新しい自己 |
| 2026/01/07 |
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『悪い夏』(2025年) 監督:城定秀夫 原作:染井為人 脚本:向井康介 撮影:渡邊雅紀 美術:松塚隆史 音楽:遠藤浩二 出演:北村匠海 河合優実 伊藤万理華 毎熊克哉 箭内夢菜 竹原ピストル 木南晴夏 窪田正孝 佐藤恋和 |
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物語の核心は、佐々木と愛美という二人の主人公の受難と変化にある。そのほかの登場人物は、物語を通して与えられたその性格をほとんど変えない。ただこの二人だけが、次々と積み重なる困難な出来事をくぐり抜けてゆく過程で、ついに何か「新しい自己」のようなものへと目覚める。
竹原ピストル演じる山田は、時折は気弱さや人の好さを示しながらも、自分勝手な被害者意識の中で、他人をだまして私欲を満たす悪知恵の魅力にとりつかれている。この人物は、因果の全体的な流れを理解せず、ただその都度の小さな欲望を満たすために、なんの見通しもない刹那的な愚行を繰り返す。それは最後まで一貫して変わることがない。 窪田正孝演じる金本は、ためらいのない暴力的な衝動と、瞬発的な状況把握力とを併せ持っている。この人物は、強烈な支配欲に突き動かされていて、なんとしてでも他人を自分に従わせなければ気が済まない。他人に対する自己の支配力や影響力をより強く実感するために、相手を追い詰め、自分を怖れさせ、ついに屈服する者の怯えおののく姿を、心から愉しむ。こうした残虐性は根深く頑ななもので、簡単に変わるものではないと感じられる。 伊藤万理華演じる宮田は、物語の展開の中で、おそらく最も劇的な変化を見せる。けれどそれは、裏に隠れていたものが表に出たということで、この女性はもともと激しい二重性の中を生きてきた、それが観る者に明かされるにすぎない。この情念の二重性は強烈で、形を変えても残り続ける執拗な闇の深さを感じさせる。ラストでは、何かが変わったのかどうか。印象深い曖昧さが漂う。 河合優実演じる愛美は、おそらく他者への献身のようなものをまったく知らずに育った。親の姿も幼い娘の父親の姿も、物語の中でその影もない。周囲の人間はすべて、自分の都合のためには他人がどうなろうが構わない。お人好しは単なる間抜け。まだ少女に近いこの母親は、人間への根深い不信のうちに停止された思考の中で、周りにひしめく悪い模範をなぞろうとする。佐々木との出会いが、それを決定的に変えてゆく。そしてついに、自分の娘との新しい出会いを知る。ないわけではなかったが、表に浮かびようがなかったものが見出される。発見がひとつの創造になる。 北村匠海演じる佐々木の視点が、観る者の視界を導く。愛美の荒れ果てた生活の中にひっそりと暮らす幼い少女を誰よりも気遣い、不正受給者の自堕落を嫌悪しつつ、口先の正義感にも疑わしさを感じ取る。愛美に惹かれ、結ばれ、二人の悦びに身を浸し、そして裏切られる。この決定的な裏切りの後は、転落の一途をたどる。呆然自失、金本の脅迫、自暴自棄、死への決意。だがついに、愛美とともに、新しい自己への変貌を遂げる。それは映画の中で直接語られていないが、確かなものとして観る者の胸に感じ取られ、刻まれる。 監督の城定秀夫は、現代の作家には珍しく、良い結末への明確な意志を持っている。良い結末、ハッピーエンドの可否は、主人公たちがどこまで深く「不可避な悪」の中をくぐり抜けるかどうかにかかっている。「やむを得ぬもの」を存分に味わった末に、極度に乏しくなった生計の中で、二つの「新しい自己」がついに手に入れた、三人の慎ましい幸福な暮らし。もはや無遠慮に立ち入る必要もない、といった具合にその生活は扉の内に閉ざされたまま、物語は穏やかに幕を閉じる。 |