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身近な人に近づく話
2025/12/12
 
『大きな玉ねぎの下で』(2025年)

監督:草野翔吾 原案:中村航 脚本:高橋泉 撮影:小松高志 美術:金勝浩一 音楽:大友良英 出演:桜田ひより 神尾楓珠 山本美月 中川大輔 伊東蒼 瀧七海 藤原大祐 窪塚愛流 asmi 西田尚美 原田泰造 飯島直子 江口洋介

昼勤の女性と夜勤の男性の間の申し送りノートが、次第に交換日記のようなものに変わってゆく。少しずつ打ち解けていく二人は、まだお互いの顔も名前も知らないまま、相手の言葉を待ち望み、想像を膨らませながら、もっと知りたい気持ちを募らせていく。

実は二人は知り合いで、会えばお互い相手の態度に気を悪くし、「ちょっと無理」と感じている。でもそれは本物の嫌悪感ではなくて、いくらか興味をひかれては、期待外れで失望する、といったもどかしい関係。もしノートの書き手の正体を知れば、恋が成就しそうな予感を漂わせながら、しばらくは遠回りが続く。

面識のない相手との言葉での交流は、しがらみのない自由な発言がもし共鳴するなら、実際の知り合い同士以上の親密さを持ちうるかもしれない。顔も名前も知らない遠い存在が、思いがけない近さで身に寄り添ってくる、ということはあるだろう。

逆に、身近な存在は、それほど自分の「近く」にいるわけではない。毎日のように顔を合わせながら、ほとんど何も知らない相手は数多く、そうした相手は、近くにいながら遠い存在、お互いにもっと近づくきっかけも時間もなく、表面的な付き合いがだらだらと続いていく。

心から綴られた言葉の向こう側、遠くにあって近い相手は、奥底のほうで触れ合うが、その所作や態度や表情は知らない。今ここにいる人物、近くにあって遠い相手は、その姿や立居振舞は知っていても、日々どんなことに心を砕いているのかよく知らない。その両者がもし同一人物なら、遠さが消えて、距離は一挙に縮まる。めったにない幸福なおとぎ話。

SNSによる匿名交流の時代の中で企画され制作されたこの物語は、ルビッチの傑作『街角 桃色の店』(1940年 エルンスト・ルビッチ)を思い出させる。あこがれの文通相手が実は苦手な上司だった、というもので、最初から楽しい結末が見えている。どういう経緯で事実が発覚するのか、二人はどう結ばれるのか。予想をはるかに超えてくる展開の果てに、なんとも言えない幸福感が漂う。

ルビッチと比べるのは酷だけれど、比べてしまえば、遠回りが過ぎる印象はある。でもやはり物語の定型の魅力が感じられる。身近にいる煙たい存在が、実は影の心の支え、というのは少女漫画の定型で、紆余曲折の果てに「嫌な奴」がまったく別の姿で立ち現れて、一挙に恋が成就する。

人は身近な人物とはたいてい衝突する。誰でもある程度はわがままで、怒りっぽく、すぐに不機嫌になり、腹立ちまぎれの嫌味や皮肉を吐く。身近なところにそんな相手の一人や二人はすぐに思い浮かぶ。親しいからこその遠慮のなさもあるが、そんな欠点の全くない「できた人間」はいない。

その同じ人物が、この上ない気遣いとか、限りない優しさとか、捨て身の献身とかを体現する。それはありうる。そのとき、私たちは、すぐそばにあるものについてたいして知らない、ということに気づいて驚き、その人にあらためて近づきなおす。

映画は、相手のもとへのなりふり構わない疾走を経て、それまで届かなかったところへの接近の動きで終わる。かつてノートに綴られた相手の言葉と、近くで触れた姿や身振りや声の調子の記憶のすべてとが、そこでお互いの中で共鳴し調和して、嬉しく響き合っているような気がする。